聖徳太子の創建と伝わる光明寺は
綾部市二王公園すぐそばに位置し
その昔、山上と山麓には72の坊舎があったらしいです

以後兵火で消失して現在のものは天保7年(1836)以降再建されたもで

京都府北部で唯一の「国宝」建造物であり
鎌倉時代には類例の少ない二重門で、入母屋造、屋根はとち葺きだそうです

君尾山の中腹に位置することから、周辺は新緑や紅葉
雲海など四季折々の美しい山景色を望むことができるそうです
- 2008/09/12(金) 10:58:10|
- 京都
-
| トラックバック:0
-
京都府南丹市の黒谷和紙工芸・工芸の里では
木造小学校を3年前に閉鎖され、その後京都伝統工芸専門学校として
研究センターとしてオープンし
今日では、和紙製品の企画開発・加工が行なわれています

このセンターでは年齢に関係なく学ぶ事ができ
紙漉き(かみすき)体験もできるようです

和紙生産の大手は,高知の「土佐和紙」と有名だそうですが
高級和紙としてはここの「黒谷和紙」が一番だそうです
特徴は繊維が傷みにくくしなやかで丈夫な紙であることです

その和紙の秘境も京都府の無形文化財として指定され、
古い紙すき村の姿をのこし、黒谷川の清流と自然を生かした紙作りは、
永い時代の変遷の中に紙と共に生きつづけて来た人々のと力強さを感じます。

この村も9月となれば稲刈りが始まります
センターに人気がなかったのは
村の為のお仕事があったから・・・
自然と共に生きているって感じですね。

- 2008/09/11(木) 10:49:54|
- 京都
-
| トラックバック:0
-
大阪府泉佐野市の犬鳴山の山中にある真言宗犬鳴派の寺院
七宝滝寺(しっぽうりゅうじ)へとたどり着きました。

山中には七瀑で有名な両界の滝・塔の滝・弁天の滝・布引の滝・
古津喜の滝・千手の滝・行者の滝があり、この七飛瀑を金銀等の七
宝に比して七宝滝寺と命名されたそうです。

中でも行者の滝は、全国から行者が修行に集まり、
滝に打たれる姿が見られることもあるそうです。

(飾られていた写真より)

身を清めるなんておこがましくて・・・
「ぞくっ!」としましたが、とても真似はできません
この山中で感じた涼はほんのひと時でしたが、
暑さを忘れさせてくれた散策となりました。

- 2008/09/04(木) 11:38:17|
- 大阪
-
| トラックバック:0
-
播磨の小京都と呼ばれる龍野の城下町を散策しながら
立ち寄る龍野城は、本丸御殿、白亜の城壁、多聞櫓、埋門などが復元されています

脇坂藩五万三千石の城下町として栄えの繁栄ぶりをしのばせるお城ですが、
一国主として、ここで休んでみたいものです

本丸御殿は広々とした建物で、一部が資料館と図書館になっており

御殿内の各部屋を見て回れば、龍野5万石の藩主にふさわしい優美な御殿だったことがうかがえます。

揖保川の清流に臨む龍野の町は播磨の小京都と呼ばれるだけあって風情のある町並みでしたが
この揖保川にヒガシマルの看板が目に焼きつく龍野でした。

- 2008/08/12(火) 09:16:16|
- 兵庫
-
| トラックバック:0
-
龍野市は龍野藩5万3千石の城下町の面影から「播磨の小京都」と呼ばれ、
また童謡「赤とんぼ」の作詞者、三木露風の生誕地としても有名な
この町をからお伝えしています

龍野の地は江戸時代初期、姫路藩池田氏の領地でありましたが池田利隆の死に伴い
この地に本多政朝が討ち入り、龍野藩ができたそうです。

これにより城下町が形成され、龍野藩の城下町となったそうです。
今でも市街地には城下町の町割りが残ります。

明治維新における廃藩置県の際には龍野県となり
後に姫路県(のち飾磨県と改称)に併合されたそうです。

その昔からかわりなく
この空を飛ぶ赤とんぼは
ふるさとを思わせてくれます
夕焼小焼の、赤とんぼ
負われて見たのは、いつの日か
山の畑の、桑(くわ)の実を
小籠(こかご)に摘んだは、まぼろしか
十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
お里のたよりも、絶えはてた
夕焼小焼の、赤とんぼ
とまっているよ、竿(さお)の先
「赤とんぼ」より・三木露風作詞

- 2008/08/11(月) 09:52:25|
- 兵庫
-
| トラックバック:0
-